健康怠惰生活(仮)

書き留めておきたいことを書き留めておく用にしています

あざは猫である

ある日の夜、終電で帰宅した。

午前1時頃の地元の町は人もまばらで、今なら何をしても許されるような、でも誰も助けてくれないような、無の雰囲気が漂っていた。駅の駐輪場に停めている電動自転車に乗って帰路に着く。最近祖父から譲り受けた電動自転車は、坂の多いこの町に救世主として現れた文明の利器だ。これまで人力自転車(普通の自転車)のみで生活してきた20数年、坂を登るのがしんどいからと何度遠回りしたことだろう。なるべく坂に遭遇しないルートを探して生活してきた。電動自転車を知ってしまったらもう人力自転車には戻れない。こうして人間は退化していくのだな、としみじみ思うのであった。この感覚は「泡で出てくるハンドソープ」が登場した時に感じたものと同じだ。我が家に泡で出てくるハンドソープが初導入された日、私は子どもながらに、あぁ、こうして人はハンドソープを泡立てる筋肉が退化していくのだな、と思ったのだった。(ハンドソープを泡立てる専用の筋肉なんて無いので実際はなんの支障もなかった)

夏の日の深夜に自転車を漕いでいるとたまに、もう少し外にいたいという目的不明な希望が顔を出してくる。しかも今年の私は電力という強力な味方がついている。どんな道でも躊躇なく進むことができるし、体力も消耗しない。人力しかない頃は、「この坂を下るとあっちの激坂を登らないといけない」とか「この道行くよりあの道の方がしんどくない」とか、とにかく後悔しないように慎重になっていた。私の性格と似ている。でも今は違う。好きな道を好きなように爆進できるのである。普段は絶対に通らないスキージャンプのような下り坂を猛スピードで駆け下り、少し遠回りしながら家に帰る。人も車も全く通らず、田舎のいい夏の夜だななんて思いながらもう一度その坂を駆け下りようとUターンしたその時だった。

電動自転車で初めてUターンをした私は、なんか知らんがうまいこといかず自転車を倒してしまった。私自身は転んだというほどダメージはなく、ケンケンでおっとっと、となったくらいだったが、重い重い電動自転車が倒れ、カゴから鞄の中身が散乱した。私と電動自転車の双方は、幸い命に別状はなかったが(全く大した事故ではない)自転車が倒れる時にハンドルが私の右太ももに直撃し、激痛だった。

家に帰ってふと確認すると、ミカンぐらいの大きさのあざになっていた。

私は普段からよくあざを作る。階段でスネを打ったり、知らない間に小さいあざがいくつか出来ていたりする。この前のあざがやっと退去したと思えばまた絶えず新入りが入居しにくる。私はあざ界では一等地の人気不動産なのではないか。そしていつも新しいあざを発見するたび、これじゃPerfumeに入れないなと残念に思う。Perfumeは何十年もあざひとつないあんな綺麗な手足を維持していて本当にすごい。何か特殊コーティングとかしているのだろうか。ここで一つ補足しておくが、決して他人からの暴力などで発生したあざはひとつもないことだけはお伝えしておく。理由はすべて「自身の不注意」この1点に限るので安心して欲しい。

このようにあざには親近感さえあるので、今回はでっかいのできたなーーくらいに思っている。だが、少し前には転んで肘を擦り剥いたことがあった。いい歳してなんなんだと自分でも思うが、溢れ出るワンパクを抑えきれないようだ。その時は広範囲で血が出たのでキズパワーパッドの大を買って数日に一度貼り替えるなどしながら傷の経過観察と治療を行った。実に面倒だった。風呂に入るとめくれてきてしまい、交換。数日に一回は経過観察のため、交換。傷からこれでもかと組織液が出てきてパワーパッド外に溢れてしまい、交換。ちなみに組織液は濃い黄色でトロっとしていて、初めてキズパワーパッドから漏れてきた時はメープルシロップかと思った。ついに私は肘からメープルシロップを生成できるメープルシロップ自給自足能力を手に入れたのかと考えてみたがメリットがなさすぎてすぐに現実に戻ってきた。そんなことはどうでもいいが、とにかく傷は、治療するのに時間もお金もかかる世話の焼ける怪我だった。

それに比べてあざはどうか。日に日に色が変わり、小さくなっていき、放っておいたら勝手に治ってくれる。なんと世話のかからない怪我。傷が犬だとしたらあざは猫だろうか。勝手に散歩に行って勝手に満足してくれる。たまには一緒に遊ぶ。(遊ぶ?)今、過去最大級に大きなあざができてしまったが、これが日々いろんな表情を見せてくれて(色が変わって)徐々に自立していき(小さくなり)遠くへ行ってしまう(完治する)のを楽しみにしている。

今回はこんな自分の不注意で出来たあざなので大丈夫ですが、世界中の人ができるだけあざを含め怪我のない生活を送れることを願っています。